2026/03/15(日) 福山市鞆町・沼名前神社御弓神事 <2/4>

 

 

 

 ■2026年02月24日20:20
 2/15(日)午後は、沼名前神社『お弓神事』≠ノ出掛けて来ました(^.-)☆(03)


 「ねーろた、ねーろた(狙う)」の掛声と共に、先ず大弓主が早矢を、次いで小弓主が早矢を、続いて大弓主が乙矢を次いで小弓主が乙矢を射る。
 終って袖に手を通し衣装を整え、座に戻る。
 矢取は矢を持帰り小姓に渡し、再び的の下へと走る。小姓は矢を矢筒に収め、これで一回目を終了する。

 ここまでGONsanは、矢場の舞台に向かって左側で写真を撮っておりましたけど、一回目の矢射りが終わりましたので右側に移動します事に。
 その際に、境内の片隅にあります砲弾≠パチリです(^.-)☆
 全国各地の神社の境内に、こんな砲弾≠ェ祀られてありますのをよく見掛けますけど、神社に置かれています砲弾≠ノは、こんな経緯がありますようですネ(^-^)


 ◆神社や忠魂碑にある砲弾について

 --- http://ki43.on.coocan.jp/hodan/hodan01.htm ---

 日清戦役・日露戦役は、発展途上国だった日本が、かろうじて勝利した自衛戦争だった。国民すべてが一丸となり国難に立ち向かったのである。

 日清戦で手に入れたた戦利品は、講和後に組織された「陸軍戦利品整理委員会」によって区分され、必要のないものは参考品・記念品として各方面に献納または払い下げられた。
 民間への下附品目では砲弾が最も多く、約8,700個が下附された。整理委員会から各府県に一括して送付され、それを府県知事が管内の各施設に分与するという段取りで行われた。おおむね神社、仏閣、学校、役場、博物館といったところ。
 日露戦のあとでは、明治39年に陸軍だけで「戦利兵器奉納ノ記」という文書とともに23,170箇所の神社などに砲弾が配付されている。
 それこそ「坂の上の雲」を目指していたころの日本が、外国の植民地にされないため、国民が一枚岩となって国難に打ち勝った記念品として各所に置かれたのである。
 これに加えて海軍からのものや、その後の皇室の御成婚記念や御大典、各事変の記念に下附された砲弾は相当な数にのぼり、日本中のすべての神社に置かれていても不思議ではないほどの数量が下附された。

 ところが、今ではほとんどが姿を消している。その原因に、まず、大東亜戦での金属類回収令がある。さらに、敗戦でやってきた占領軍の命令や、彼らの目から隠すため処分されたものも多い。
 したがって、現在かろうじて残っている砲弾は、日本の存亡の危機を一丸となって乗り越えたという民族の記憶を残しているうえに、その後の受難も切りぬけてきた貴重な記念品なのである。

 「爆発のおそれがある」と通報騒ぎもあるが、陸軍、海軍が国難を克服した感激を国民と共有しようと民間に配付したもので、民間との親密な繋がりが目的なのだから爆発でもしたら、逆効果である。
 それでも心配なら、調査してもらって安全を確かめ、廃棄処分することなく今のまま保存していただきたいと切に願う。
 せっかく100年以上もの間、先人の思いを伝えてきたものなのだから。

 日本全国に「忠魂碑」「忠霊碑」「表忠碑」「招魂碑」などの名前で多くの碑が建っている。
 古くは明治初年からあったというが、日露戦役以降のものが多い。戦没者の顕彰・慰霊を目的としたものであるが、従軍記念あるいは戦勝記念などの碑もある。大東亜戦までに各地に多くの忠魂碑、記念碑が建設された。
 そして敗戦。
 占領軍は「連合国に対する日本の脅威を除去する」ため容赦ない日本破壊政策を展開。その一環の神道指令で、忠魂碑の類いは建立を禁じられたばかりか、既存の多くが撤去されてしまった。
 昭和27年4月28日、対日講和条約が発効し、連合国の日本占領は終了、日本は主権を回復した。
 GHQの廃止に伴い、神道指令をはじめとする指令・覚書もすべてが効力を失った。
 そこで、戦友や遺族、自治体による碑再建の動きが全国的に広がった。撤去したと見せかけて地中などに隠していた例が多く、これらは復活した。
 さらに再建のみならず、多くの忠魂碑が新たに建設された。占領下で抑圧され、じっと耐え忍んできていた民族の感情が一気に爆発した形であった。
 忠魂碑の傍らに砲や砲弾、機雷や魚雷などが記念品として備え付けられている場合がある。中には砲身や魚雷が忠魂碑そのものになっていたりもする。敗戦・占領下にあって、これらを残すことは、碑よりも困難であったと思われる。


 …と、こんな砲弾≠ネのであります(^-^)/
 まぁそのような事はさて置きまして、的に当たろうと外れようと“甲、乙なし”ですから、粛々と拝見しますと宜しいのですけど、とは言いましても、見事、的に当たりますと、実に気持ち良いものであります。つぃつぃ、歓声も上がります。
 的の裏側では、こんな感じでお世話されます方が…
 射ました矢が的に当たり、裏側に貫通しますことは、まず無いのでしょうし、矢を射ます時には的の裏側には居ないのでしょうけど、それでも「矢を射る時は、怖い!」と言っておられました。
 何で!?≠ニ思うのですけど、矢を射ます最中に、つぃウッカリ、この裏側を通られます事がありますのかも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ■2026年02月25日11:02
 2/15(日)午後は、沼名前神社『お弓神事』≠ノ出掛けて来ました(^.-)☆(04)


 矢場の舞台では、2回目の矢射りの神事が整いましたようで、先ず大弓主が早矢を、次いで小弓主が早矢を…
 大弓主の早矢には、深い溜息が…続く小弓主の早矢には歓声が…参拝客の皆様も甲、乙なし≠ノは充分分かっておられましても、つぃ、結果には敏感に反応してしまいますネ(^.-)☆
 的に見事的中しますのは、観ていますと実に気持ちイィものであります(^-^)/

 

 

 

 

 

 

 

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