| 2026/03/20(金) 秋彼岸会施餓鬼法要℃Q詣 |
■2026年03月21日23:58
3/20(金)玉泉寺春彼岸会施餓鬼法要℃Q詣(01)
3/20(金)・春分の日は、玉泉寺春彼岸会施餓鬼法要≠ノ参詣のGONsanでありました。
とても信心深いとは言えませんGONsanなんですけど、春・秋のお彼岸には、まぁどぅにか施餓鬼法要≠ノは参詣しております現状であります(^-^)
いつもの事ですけど、嫁さんの方はサッサと09:00過ぎにはお寺行き。GONsanは、定刻15分前に慌てて出掛ける準備。
お寺に到着しますと、これまたいつものように彼岸会は始まっておりました。
音を立てませんよう静かに入った積もりですけど、「相変わらず、遅刻している…5分前には来んかい!!」と言われていますような視線を受けながら、空いています片隅へ(^-^)
まぁ近年は(コロナ以降は)、参詣者も年々減少傾向にありまして、片隅で無くても中央辺りも空いていますけど、信心深さに欠けますから、中央部にはとても行けません(^-^;
それにしましても、参詣者は、昨年秋の彼岸会時よりも少ないように感じましたけど、哀しいですネ。
お墓離れ…お寺離れ…昔からの良き慣習が、静かに、ユックリと、目立たないように、音も立てずに消滅の方向に向かっていますようにも感じられてしまいます。
信心深さに欠けますGONsanにすら、何とかしなくては…とのこんな想いが…
いつの日か、ご住職・役員の皆様・檀家の皆様…等が一堂に会し、お寺を盛り上げます妙案を検討します場が必要となります日が訪れますのかも…
その時には、既に、GONsanなんぞは墓の中で、皆さんが話し合っておられますのを静かに拝聴していますのでしょうねぇ(^-^)//"






■2026年03月22日16:06
3/20(金)玉泉寺春彼岸会施餓鬼法要℃Q詣(02)
施餓鬼法要が終わりましたのが、A.M.10:30でしたから、丁度1時間の所要時間でありました。
法要後には、難波上人の法話と続きます。今回のお話しの内容は、『妙法尼御前御返事』『臨終の事を習うて 後に他事を習ふべし』でありました。
◆妙法尼御前御返事
『妙法尼御前御返事』は、日蓮聖人が妙法尼に宛てた手紙で、彼女の夫の臨終に関する報告と法華経の教えを含んでいます。
-- 背景 --
『妙法尼御前御返事』は、弘安元年(1278年)に書かれた手紙で、妙法尼という女性信者に宛てられています。彼女は駿河国岡宮に住んでおり、夫が臨終の際に唱えていた法華経の題目について日蓮聖人に報告しました。この手紙は、彼女の夫が臨終の際に高らかに題目を唱えたことを称賛し、成仏の兆しとして解釈されています。(日蓮宗ポータルサイト)
◆日蓮聖人のおことば『妙法尼御前御返事』(みょうほうあまごぜんごへんじ)
--- https://note.com/kyky555kyky/n/n65007e419f85 ---
夫れおもんみれば日蓮幼少の時より仏法を学し候ひしが、念願すらく、人の寿命は無常なり。出づる気は入る気を待つ事なし。風の前の露、尚譬にあらず。賢きも、はかなきも、老いたるも、若きも定め無き習ひなり。されば先づ、臨終の事を習ふて後に他事を習ふべし。
-- 弘安元年(1278)7月14日執筆 『昭和定本日蓮聖人遺文』1535頁 --
(訳)
考えてみるに、わたくし日蓮は、幼少の時から仏法を学習してきましたが、よくよく思うに人の寿命は無常であります。吐く息は、吸いこむ息を待つ間も無いほどであり、風の吹く前の露のようなもので、いつ散ってしまうかわからないものなのです。賢い人も、そうでない人も、老いたる人も若い人も、すべての者がいつ死を迎えるかは定めの無いことであります。そこで、まず第一に「臨終」のことをよくわきまえて、その後に、他の事を考えるべきでありましょう。
(解説)
弘安元年(1278)、日蓮聖人が57歳の時に身延山(現在の山梨県南巨摩郡)で執筆されたもので、檀越(信者)であった「妙法尼」という女性へ宛てられました。日蓮聖人の信者の中に「妙法尼」と呼称される方が複数人いたといわれていますが、この手紙の宛てられた「妙法尼」は、岡宮(現在の静岡県沼津市岡宮)の尼と推測されています。
この手紙は、岡宮に住していた妙法尼に対する返書で、故人が南無妙法蓮華経の御題目を唱えつつ息を引き取り、顔色も生きていた時より白く安祥としていたいう報告に対し、故人の成仏は疑いないものであることを伝えています。特に注目すべきことは、人の寿命は無常であり、出る息は入る息を待つことなく、風の前の露のようにはかなく、老若の定めもなく突然にやって来るものであるからこそ、まず臨終の事をよくよく習ってから他事をいたすべしであると指南していることです。
(思うところ)
生きている者に必ずおとずれることが臨終です。「生」があるからこそ「死」があるのであり、「死」があるからこそ「生」が尊いものであると考え、私たちは一所懸命に生き抜いていかなければなりません。「死」を忌み嫌って穢れとする考えもありますが、必ずすべての者におとずれることです。そのためにも、「死」を肯定的に受け入れることこそ、「生」が充実したものになるであろうとの考えに至るのであります。
…と、こんな内容のお話しでありました(^.-)☆
難波ご住職の法話が終わりますと、お接待の品、そして塔婆を手に墓前へと向かいます。
ご先祖様に手を合わせ、いつものように眼下を眺望です。曇天に加えて春霞ですから眺望は今一でありましたが、それはそれでイィ景観ではあります(^-^)
竹ヶ端運動公園の多目的広場が賑やかそうですけど、何の競技が行われていますのでしょうねぇ〜
今から我が家に帰りますと、もぅ正午。昼食を終えましての午後は、ノンビリと河川敷を散策となりますネ(^-^)//"

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